不妊

神頼みから始まった!不妊治療の歴史を振り返ってみました。

不妊治療年表

一昔前は神のご加護を祈るしかなかった不妊治療も、ここ数十年の間に劇的に変化しました。子宝に恵まれたいという人たちの願いを叶えるべく、その技術は日々進歩しています!神様も驚くであろう、不妊治療の歴史を振りつつ、最新の治療もご紹介します。

不妊治療には神頼みしかなかった~古代から17世紀~


現代のように多様な価値観が認められていなかった時代、「女性は子どもを産み育てて一人前」という風潮が強くありました。そのため、子宝に恵まれない女性たちへの風当たりはとてもきつかったようです。

特に、世継ぎを産むことが絶対的な任務であった皇室の女性へのプレッシャーは相当なものがあったのでしょう。子授けのご利益がある寺院に通い、祈願したという話が多々残されています。

江戸時代は「3年たっても子どもが生まれなければ離婚」と言われていたほど、一家の繁栄につながる出産が重要視されていたようです。今の時代なら、子どもが出来ない原因が女性だけの問題ではないことも分かっています。女性の方に原因があると決めつけて、一方的に離婚させられるなんて納得いきませんよね。
しかし、女性たちはこの不遇な時代を耐えしのんでいました。妊娠の仕組みも不妊の原因も、医学的には何も分からない時代です。子宝に恵まれるためには、ひたすら祈り、ひたすら待つしかありませんでした。

人工授精の始まりは注射器に集めた精液~1700年代後半から1900年代前半~


人工授精の研究は古く、18世紀には始まっていました。スコットランドの外科医であり解剖学者であったジョン・ハンター氏が、1776年に初めて人工授精を成功させたと言われています。

カイコの人工授精技術をヒトに応用させたもので、注射器に集めた夫の精液を妻の腟内に注入するという方法だったそうです。その後、妊娠まで確認されています。また、1884年には非配偶者同士の人工授精が行われています。
日本では、1949年に非配偶者間による人工授精で子どもが生まれました。今から70年前と言われると、かなりの歴史を感じますよね。

「試験管ベビー」と呼ばれた体外受精児~1900年代後半①~


世界で初めて体外受精による赤ちゃんが誕生したのは、今から40年前、1978年7月25日のイギリスでした。産婦人科医のパトリック・ステプトー博士と、生物学者であるロバート・エドワーズ博士のチームが、2608gの女児を帝王切開術によって誕生させました。
そのときに生まれた女の子、ルイーズ・ブラウンは世界から注目をあびます。メディアが彼女のことを「試験管ベビー」と表現したため、世界中にセンセーショナルな話題として取り上げられたのです。母親のお腹の中ではなく、化学反応によって生まれたかのような印象を与える表現ですよね。

事情を知らずにニュースを見た人たちは、とても驚きショックを受けます。ルイーズさんも「しばらく好奇の目にさらされた。嫌がらせの手紙と祝福の手紙が両親に届いた」と、後のインタビューで語っています。
ルイーズさんの母親は、卵管性不妊症を抱えていたそうです。しかし、次の赤ちゃんも体外受精で無事に出産しています。ルイーズさんは妹とともに健やかに成長し、大人になってから自然妊娠で出産もしています。

ルイーズさんの誕生をかわきりに、オーストラリア、アメリカでの成功例が続きます。そして、多くのヨーロッパ諸国でも次々に体外受精児の誕生が報告されるのです。
遅れること5年、日本でも1983年に東北大学のチームが初めて体外受精による妊娠・出産を成功させます。しかし、ルイーズさんのように大きく取り上げられることはなかったようです。そのころの日本は、諸外国と比べて妊娠や出産に医療行為が介入することを、ためらう傾向にありました。

ルイーズさんの騒ぎを目の当たりにして、ご両親も口外したくなかったのかもしれません。そのため、日本では体外受精の情報が広がっていきませんでした。当時、不妊に悩む人々は「体外受精は日本ではできないだろう」と思っていたのではないでしょうか。
その後、エドワーズ博士は2010年にノーベル医学生理学賞を受賞します。ルイーズさんは2018年の5月に来日し、不妊治療に取り組む医師らの前で講演会を行っています。博士の研究とルイーズさんの存在が、不妊で悩む多くのカップルに希望の光を与えたことは間違いありません。

1つの精子から作る受精卵、男性不妊を救う顕微授精~1900年代後半②~


体外受精から一歩進み、さらに医療の手を加えて受精卵を作り出す顕微授精、それが世界で初めて成功したのは1988年のシンガポールだと言われています。無事に出産を終えたものの、当時は顕微授精への規制が厳しさを増し、受精卵の研究に対する議論が世界中で活発になっている最中だったのです。ルイーズさんのときのような騒ぎになれば、母子のプライバシーが守られないという判断のもと、大々的に報告されることはなかったと言います。

続いて、1992年にベルギーのパレモル博士が顕微授精による出産を成功させます。パレモル博士は、顕微鏡下で注射器を使い、たった1個の精子を卵子の中に送り込む「卵細胞質内精子注入法」を開発したのです。この方法は、現在でも顕微授精のスタンダードなやり方になっています。日本では、1994年に初めての成功例が報告されました。
この顕微授精は、革新的な技術でした。それまでは、「精子の動きが悪い」「精子の数が少ない」など、精子機能障害と診断された男性は受精卵を作ることができませんでした。しかし、顕微授精の成功により男性不妊に悩む、多くの人々を救うことができたのです。

顕微授精については、日本産科婦人科学会が以下の見解を発表しています。(公益社団法人 日本産科婦人科学会 顕微授精の見解より)

1. 本法(顕微授精)は男性不妊や受精障害など、本法以外の治療によっては妊娠の可能性がないか、極めて低いと判断される夫婦を対象とする
2. 本法の実施に当たっては、被実施者夫婦に、本法の内容、問題点、予想される成績について、事前に文書を用いて説明し、了解を得た上で同意を取得し、同意文書を保管する
3. 本学会会員が本法を行うに当たっては、所定の書式に従って本学会に登録・報告しなければならない

対象者を限定し、同意文書を保管して学会に登録と報告までしないといけないのは、顕微授精に対する慎重な姿勢のあらわれです。日本では法整備がままならず、不妊治療の技術に明治時代に制定された民法がついていっていないという課題があります。倫理的にも、社会的にももっと活発な議論が行われるべきなのかもしれません。

子宮移植で出産。最新の不妊治療はここまできている~2000年代~


今や、日本では約18人に1人が体外受精で生まれている時代です。世界でもトップクラスの体外受精国といっても過言ではありません。あなたの周りにも、不妊治療の末に子どもを授かったという人たちがいるのではないでしょうか。
体外受精児の誕生から40年、不妊治療はより高度で緻密になっています。最新の治療法と研究段階のものをいくつかご紹介しましょう。

●胚盤胞移植・・・受精してすぐの受精卵を体内に戻すのではなく、細胞分裂を繰り返した5日目ごろの受精卵=胚盤胞まで育ててから、子宮に戻して着床率を上げる方法です。
●アシステッド・ハッチング(AH)・・・成長過程の受精卵における、「透明帯」の一部を切り開いたり、取りのぞいたりして受精卵の発育を補助する治療です。
●精巣上体精子吸引法(MESA)・精巣内精子回収法(TESE)・・・無精子症といった男性に対し、手術で陰部を切開して精子を採取する方法です。精巣からではなく、精巣上体管や精細管から精子を見つけ出します。
●原子卵胞の培養・・・卵子の元になる原子卵胞を卵巣から取り出し、培養してから移植。卵子になったころに再び取り出して、体外受精ののちに着床させるという方法です。2013年、世界で初めてこの方法での妊娠・出産が日本で成功しました。早期閉経して排卵がなくなってしまった女性でも、この治療によって自分の卵子で子どもをもてるようになったのです。
ここからは、研究段階の治療方法で日本では実施されていないものです。しかし、これらの治療がこれからのスタンダードになる可能性はあります。
●着床前スクリーニング・・・着床前の受精卵から、正常なものだけを選び出して子宮に戻す方法です。これにより、受精卵の着床率を上げることができます。しかし、命の選定につながるという懸念から、今のところ認められていません。
●卵細胞室置換・・・簡単に言えば、卵子の若返りです。老化した卵子の核を若い卵子の細胞質内に移植するというものです。動物実験では、妊娠・出産の可能性が高まることが証明されています。
●子宮移植・・・第三者から子宮を移植して、妊娠・出産する方法です。病気などのさまざまな理由で子宮を失った人に対して行われます。子宮移植は、世界的にも注目されている方法です。日本では、臓器移植法で子宮の提供が認められていないこともあり、実際に子宮移植が行われたケースはありません。

諸外国では子宮移植によって妊娠・出産に至った例が10例ほど報告されています。その全ては、親族からの子宮提供でした。しかし、2018年12月、世界で初めて死者から子宮提供を受けた女性が出産にいたったというニュースがブラジルから飛び込んできました。この事実は、不妊治療の倫理的な議論をより加速させるものだと思います。

不妊治療年表

まとめ


卵子と精子が出会う奇跡は、とても神秘的なことです。その奇跡をより身近にするために、不妊治療の研究は進められてきました。世界初の体外受精児であるルイーズさんも、講演でこう語っています。「父も母もただ赤ちゃんが欲しかっただけ。世界を変えようなんて考えていなかった」と。

そうです。ただ素直に「赤ちゃんがほしい」という気持ちに寄り添い、命が誕生する喜びを1人でも多くの人に届けられるよう、今日も研究は積み重ねられていくのです。


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